参院選に都知事選。東京に住んでみて思ったことは選挙は面白い!

自分と向き合うならおまかせを。

大久保歩一
どもー!大久保歩一(あゆむ)です。

参院選投票に行った?
ぼくは投票に行ってきたよ!

さて、この記事を書いてるのは
投票最終日のお昼。

この記事がアップされる頃には
選挙結果が出てるね。

年齢を重ねたということもあるけど、
東京選挙区の選挙は面白い!と感じた。

今日はぼくが感じた選挙の面白さについて。

まさしく政(まつりごと)。

無名の人もいれば、
名の通っている人もいる。
そして、タレント性のある人もいる。

街中は街頭演説に選挙カーで
賑やかになるだけでなく

ネットでもみんなの意見が
いつも以上に増して激しくなる。


スタバで作業してるときも
隣に座った人が電話で、

「〇〇の演説聞いたけど、
すごいよかった!
やっぱり〇〇にしたほうがいいよ!」
なんて言っていたくらい。

これがいい!!
そんなのダメ!!

などなど・・・

いつもは言わない人も
声を大にしたりする。

これは面白い現象だと思った。

普段は意見を言える雰囲気じゃないから
言わないけど、みんなが言ってるから
自分も言っても大丈夫だろう。
という集団意識が働くのかもしれない。


千葉に住んでいた時には、
ぼくは正直、政治に大して関心を
持っていなかった。

その頃ぼくにとって選挙は
ブラックボックスで、
対岸の火事くらいの感覚だった。

誰に投票しても一緒だし、
よく聞く名前に入れとけばいいか、とか

投票所に行って
記入台に書いてある候補者の名前を見て、
この人の名前の漢字好きだから
この人にしようと決めていたくらいだった。


しかし、今回の参院選もそうだったし、
今月末の都知事選にも関心がある。

政治に興味を持つキッカケとなった出来事

ぼくがそこまで政治に関心を持った
大きな要因は、前回の都知事選で
家入一真さんのボランティアを
少し手伝ったことだ。

大して何か大きな貢献をしたわけでもない。

それでも政治というものが、
かなり身近になった。

政策ってこういうものなんだ。とか
選挙活動は投票前日の23:59までしかしちゃいけないんだ。
ポスター貼りってボランティアが1枚ずつ貼っていくんだ。
とか、さまざまなことを学ぶことができた。

身近で目の当たりにすると
対岸の火事ではなく、
自分も参加する文化祭のような感じになった。

若い人が政治に関心を持つ大切さ。

政策やどういう意見なのかは、
もちろん大切だけど、
政治に興味のない人に
興味をもたせたことの功績は大きい。

それは、前回の都知事選に限らず
今回の選挙でもそうだろう。

横粂さんに三宅さん、山添さんなど
若い候補者が多かった。

若い候補者が出ると、
それだけでも政治に関心を持つきっかけになる。

特に、三宅さんの「選挙フェス」という見せ方は
かなり当たっていた。

それは、色々な問題を差っ引いても
評価されるべきポイントだ。


(選挙結果が出ての追記)
今回は期日前投票率が過去最高だったことや、
SEALDsの活動などもあり、
政治に興味を持つ人が増えたと思っていた。

しかし、投票率は戦後4番目の低さ。
思っていたより伸びなかった。

10代の有権者の数を引いたらどのくらいになるのか?

関心があるけど、
あえて投票に行っていない人は
果たしてどれくらいいるのか?

など、今後の数値がどれくらい出るか
ちょっと楽しみだ。

また、都知事選のボランティアに
行ってみてわかったんだけど、
選挙事務所では若い人の力が
喉から手が出る程欲しい状態なんだって。

今の政治の問題点

しかしながら、問題点もあると感じる。

政策やそれぞれの党の思惑などが複雑すぎること。

政党の数も多いし、
それぞれ裏に隠れた思惑が溢れている。

それを加味して自分は
どういう意見を持つのかということは、
かなり大変だ。

いろいろ天秤にかけて考えると、
どの政党にも入れにくいと
感じてしまうのもうなずける。

18歳から投票権が与えられ、
投票できる人は増えたけど、
この政策や思惑などをわかりやすく提示していくことや
たくさんある政党のそれぞれの違いを
どうわかりやすく提示していくのかは
これからも課題だろう。

意見は絶対的でなく相対的ということを忘れてはいけない

自分自身の意見を持っている
ということは素晴らしいことだ。

しかし、自分自身の意見を
持っているかどうかと、
他人の意見を聞くかどうかは別の話。

ぼくは誰か特定の候補者を
頭ごなしに批判しているのは、
あまり好きではないから、それにコメントすることがある。

すると、すごい勢いで噛みつかれる。
別にその候補者を支持していなくても、
支持者だ、陶酔してるとか、
支持していないのに意見するのは
寄生虫だと言われたりもする。

それは、まるで見当違いだ。


ぼく自身そんなやり取りをしてみて
わかったことがあった。

それは、
人の意見は絶対的ではなく相対的ということ。

形式的に右寄り、
左寄りという言葉を使って
説明しようと思う。

例えば、右寄りの人からすれば、
自分より左寄りの人は左寄りと見える。

仮に、
相手が中立の立場だったとしても、
自分から見れば左寄りと見えるんだ。

だから、意見のポジションは
中立な人から見れば右寄りの人も左寄りの人も
偏っているように見えるし、
偏っている人から見ると、
中立な人も反対のポジションの人も
偏っているように見える。

これは面白いと感じる発見だった。

先入観を抜きにして考える力

つい、好き、嫌いという先入観は出る。
それは人だから自然なことだ。

意識的に意見を聞かないという場合は別だけど、
嫌いだから意見を聞かないと言うよりも、
嫌いだけど自分にはない意見だから聞いてみる、
自分の意見をぶつけてみる方が
自分の見方も広まるからいいと思うんだ。

その上で自分はどう考えるのか、 人間的にはこの人の考えは好きだし、
この実績は賛同できるけど、
この考えは賛同できない。

だからぼくはこの人に
賛成する・反対するというような
感情論だけでなく
論理的な判断をすることが
大切なんじゃないだろうか?


次回の都知事選も
どんな祭りになるか楽しみだ。

くれぐれも投票は
候補者の漢字が好きだからとか、
よく目にするからだけで、
投票するのはやめましょう 笑


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